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植木屋のブログ日記

特別名勝 金沢 兼六園です。3

2017年08月17日(木)

さて、上坂口を登ってすぐに、この「明治紀念之標」通称日本武尊像に出会います。以下、ある文献からの紹介になります。「明治紀念之標」は、明治10年(1877)の西南戦争で戦没した石川県の兵士400名を慰霊するために建てられました。日本武尊が天皇の血を引く人物であったためか、戦時中の金属供出を免れ、戦後は進駐軍に「軍国主義的だ」と撤去の指示を受けましたが、金仏様は仏であると言って食い止め今日に至っています。誠に運のいい銅像といわねばなりません。この像は、世に「日本第一号の銅像」として知られています。九段の大村益次郎像が明治21年(1888)、上野の西郷どんが明治30年の完成ですが、日本武尊像はそれよりさらに早く、明治13年(1880)に高岡の鋳物職人たちの手によって鋳造されました。金屋町の喜多万右衛門(きたまんうえもん)家工場(今の釜万鋳造所)で鋳造され、千保川から船で金沢に運ばれたとも、倶利伽羅(くりから)峠を越えて運ばれたとも、頭・手・足は高岡で鋳造して金沢に運び胴体は「出吹(でぶ)き(職人が出張し現地に吹き場を築いて鋳造すること)」であったとも言い伝わっています。日本武尊像の完成を深謝した鋳物職人たちは、翌年、同像の小型木造原型を日本武尊の分霊として高岡市横田町の有礒正八幡宮に祀りました。


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