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埼玉・菖蒲町 菖蒲城址の紹介です。

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さて、そのあやめ・ラベンダーのイベント?と併せて、『菖蒲城址』を紹介させて頂きたいと思います。以下、ある文献からの引用となります。菖蒲城(しょうぶじょう)は、武蔵国埼玉郡新堀村(現在の埼玉県久喜市菖蒲町新堀)にあった城。古河公方足利成氏が、康正2年(1456年)に金田式部則綱に命じて築城させた。城の竣工が5月5日の菖蒲の節句にであったために命名された。天正18年(1590年)小田原征伐ののち廃城となり、以降は徳川家康に仕えた内藤正成が栢間陣屋(現在の久喜市菖蒲町下栢間)を構えて5700石を知行し、上級旗本として14代、幕末まで同地を治めた。菖蒲園の入り口には、旗本内藤家栢間陣屋裏門が1998年に移築されている。明治政府により陣屋は破却されたが、裏門は領内の名主だった三須家に引き取られていた。現在は遺構は残っていないが、1996年にバス停建設による埼玉県道12号川越栗橋線の拡幅工事前の発掘調査が実施され、平安時代の竪穴住居跡や中世の堀と土塁状の遺構が出土された。

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。6

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ラベンダーは北海道の富良野地方が名所としてよく知られているように、本来、高温多湿を嫌う。関東地方の平野部でこれほどの規模でラベンダーを見ることができるところは他にないのではないか。周辺に水田地帯が広がっているというのもいい。薄紫の帯となってラベンダーが咲き誇る向こうには田植えを終えたばかりの水田が広がっているという風景は、ラベンダーの一般的なイメージと異なっていて意外性があり、それも一つの興趣と言っていい。「あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル」は、菖蒲総合支所庁舎周辺をメイン会場として開催されるが、西に数百メートル離れた「菖蒲城趾あやめ園」と東に数百メートル離れた「しらさぎ公園」も会場になっている。「菖蒲城趾あやめ園」では花菖蒲が、「しらさぎ公園」ではラベンダーが見られる。どちらもメイン会場から徒歩でも行ける距離だ。余裕があれば足を延ばしておきたい・・以上、ある文献からの紹介となります。

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。5

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テントの設営された広場の西側に「ラベンダー苑」がある。それほど広い苑地ではないが、さまざまな品種のラベンダーが植えられていて興味深い。その「ラベンダー苑」から南へ延びる堤体にもラベンダーが植えられ、「ラベンダー堤」の名で呼ばれている。菖蒲総合支所庁舎の南側、駐車場のさらに南側は低地となってグラウンドになっているのだが、そのグラウンドの西側から南側に回り込む形で「ラベンダー堤」は延びており、なかなか見応えのある景観を見せている・・以上、ある文献からの引用となります。

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。4

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会場となるのは菖蒲総合支所庁舎の周辺だ。菖蒲総合支所庁舎は1988年(昭和63年)に当時の菖蒲町役場の新庁舎として造られたものだが、合併後は久喜市の菖蒲総合支所庁舎として使われている。この菖蒲総合支所庁舎脇が「あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル」のメイン会場だ。会場周辺にはラベンダーを植栽した苑地が設けられ、低湿地を利用した花菖蒲園があり、それを囲むように巡る堤にもラベンダーが植栽されている。庁舎のすぐ横の広場にはテントが並び、ラベンダーの苗や切り花、地元の野菜類、さらに「ラベンダーまんじゅう」などの菓子類などの販売が行われており、訪れた人たちで賑わっている・・以上、ある文献からの引用ですが、ラベンダーは綺麗でしたが、あやめの方は、まだまだだったでしょうか・・・

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。3

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その菖蒲町で6月上旬から7月中旬にかけて「あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル」というイベントが開催される。この「あやめ」は正確にはアヤメではなく花菖蒲のことだ。花菖蒲は6月上旬から7月上旬にかけて花期を迎え、ラベンダーも6月中旬から7月中旬にかけて花期を迎えるから、そのふたつの花を植栽し、花の見頃に併せてイベントが企画されているものなのだろう・・以上、ある文献からの引用となります。

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。2

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埼玉県久喜市の西部は、かつて南埼玉郡菖蒲町だった地域だ。2010年(平成22年)に久喜市、菖蒲町、北葛飾郡の栗橋町と鷲宮町の一市三町が合併して新しい久喜市が誕生した。現在(2013年)の住所表記で「久喜市菖蒲町」とされているのが、かつての菖蒲町である。この辺りは元荒川やその支流などの河川が多く流れ、その河畔に水田が広がる土地柄だ。昔から蛇行する河川の流域に低湿地が広がっていたのだろう。菖蒲町の名の由来も、おそらく菖蒲が繁茂していた土地だったからではないか・・以上、ある文献からの引用となります。

埼玉・菖蒲町ラベンダーフェスティバルです。

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埼玉県久喜市、旧菖蒲町庁舎のすぐ脇にて、『第20回あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル』 http://www.city.kuki.lg.jp/kanko/kanko_info/flower/ayame_lavender/H26_blue-festival.html 開催されておりましたので、ちょっとだけ?寄らせて頂いた次第になります。現地に赴いたのは、6月28日、一番良い時期だったのでしょうか・・・