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湧泉祭(埼玉県立いずみ高校)の紹介です。5

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さて、今回のメイン?『環境デザイン科』の紹介、こちらの科の主旨は、「みどり豊かな生活環境のデザイン及び住みよい住環境の創造に関する基礎的な知識と技術を有する人間を育成する・・」とのことになります。何となく、他の科と比べると、華やかな?感じがするのは、私だけだったのでしょうか??

湧泉祭(埼玉県立いずみ高校)の紹介です。4

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さて、『生物サイエンス科』の続き、こちらの科にて、飼われているカメや、昆虫なども展示されておりました。カマキリやバッタ、チョウなども一緒に展示されておりました、これらの生き物が、生き生きと生活出来る?空間を創造したいものですよね??

湧泉祭(埼玉県立いずみ高校)の紹介です。3

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こちらは『生物サイエンス科』、 「生命や生態系に関する学習を通して、生物と人間生活の調和について科学的に考察し処理する能力を育てる」この様な主旨のもと、日頃勉学に励んでいるそうです。三ツ又沼 http://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/arajo_index030.html のビオトープなどを特集・展示しております。

湧泉祭(埼玉県立いずみ高校)の紹介です。2

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さて、随分と構内(文化祭)を撮影させて頂きました、本日からランダム?にこの『第16回湧泉祭』の内容というか、展示などを紹介させて頂きたいと思います。まずは『環境サイエンス科』 http://www.izumi-h.spec.ed.jp/?page_id=1202 「環境に関する総合的・体験的な学習を通して、環境について理解させるとともに、環境問題を科学的に考察し解決を図る能力を育てる」との目的を持つ科になるそうです。

湧泉祭(埼玉県立いずみ高校)の紹介です。

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さて、本日から、ちょっと長くなる予感?になりますが、埼玉県立いずみ高校 http://www.izumi-h.spec.ed.jp/ の『第16回湧泉祭』を紹介したいと思います。まずは、『環境デザイン科』?の生徒さんたちが、製作したと思われる?ウエルカムゲート?その他・・といった感じになりますでしょうか?

壁面緑化をつくる農場の紹介です。2

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さて1枚目の写真、昨日の続き?的な感じの画像ですが、こちらのキャラクターは『愛・地球博』 http://www.expo2005.or.jp/jp/ のキャラクター『モリゾー&キッコロ』になります。実際に、イベントにて展示され、その後に、こちらに移築?されたものになります。いずれにしても、この様なこと(デザイン)も可能になる・・ということをお伝えしたかったのです!2枚目・3枚目は、こんな感じにて、こちらの農場では、壁面緑化などが維持・管理されている・・模様となる画像になります。

埼玉・菖蒲町 菖蒲城址の紹介です。2

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享徳4年(1455年)6月、足利成氏が室町幕府および管領上杉氏との抗争の過程で、鎌倉より古河へと転戦する際に「武州少府」に一時逗留した旨の記述があり、この「少府」を「菖蒲」の地に比定する説も有力。城主の金田氏は菖蒲佐々木氏ともいわれ、近江国佐々木氏の末裔されるが詳細は不明。初代の金田則綱は古河公方足利成氏の家臣となり、氏綱、顕綱、定綱、頼綱と続き、6代秀綱の時に忍城主成田氏長に属し、豊臣秀吉の関東侵攻により廃城。その後子孫は帰農し大塚姓を称した。金田氏の墓所は曹洞宗久林山永昌寺にある。上記発掘調査により、14世紀の常滑産の甕や板碑(延文6年・1361年銘を含む)、16世紀の石臼や石硯、鉄砲の弾丸、大量の土器、陶磁器、永楽通宝などの古銭が出土した・・以上、ある文献からの紹介となります。